となりにねそべっているこのなまなましい生きものが、わたしのなかで喋りはじめる。いつのまにかわたしは、有料駐車場と書かれた看板の前に立っている。
金網の向こう。アスファルトの道がいくつにも分岐する。や、やわ。いつのまにかわたしは坂をのぼっている。やわらかい。いつのまにかわたしは券売機の前
にいる。いつのまにかわたしは券売機に吸い込まれている。やわらかい。壁にやわらかい亀裂がはいり、こんなのは言葉じゃない、と言った。
ええ、小さいのがたくさんいますよ、街にも、道にも、電車の中にも。どこにいたって逃げられない。そう、柱の陰にも路地の裏にもね。どこかからやってき
て、それらはあちこちに住みついているらしい。電話が鳴る。あちらでもこちらでも。喋っている。どこかに向かって。電話に除草剤は効かない。みんな頭の
うえから糸のようなものを出して、どこかから吊り下げられている。流れ込んでいくんです、からまっていくんです、ふわふわともつれて。ほら、空に糸ばか
りが飛んでいる。
世界がジェットコースターに轢かれてゆく。ブロックに分解された風景が網のなかにまき散らされる。いつもほんの小さな隙間から、糸は流れ出してくる。比
喩につける絆創膏はなかった。罅は増えていく一方で、逆流は止まらなかった。わたしが糸にからめられて行ってしまう。外にいるのか中にいるのかわからな
くなる。いつのまにかわたしは大きなガラス張りの建物の前にいる。大きな耳がいくつも、ガラスの向こうで音を立てながら震えている。空にはもっと大きな
耳があるのだろうが、どんなに大きくても、耳には聞くことしかできない。あちこちから混線したもやしが生えてくる。それが神というものかもしれない。え
え、小さいのがたくさんいますよ、あなたの部屋にも、身体のなかにも。
ぐるぐる回る。わたしたちは回されている。子どもだったころ、たぶんジェットコースターに乗った。だがあのジェットコースターじゃない。でもどのジェッ
トコースターだったか思い出せない。乗ったと思っただけで乗ったことなんてなかったのかもしれない。ジェットコースターという名前に乗って、ベッドの縁
をぐるぐる回った。あのとき。あのときなんてあったんだろうか。いや、あのときはあっただろう。重要なのは、そのときにわたしがいたかどうかだ。わたし
はいつも逆流している。ぐるぐる回る。もう何も瞼のなかにはしまっておけないのだ。ジェットコースターも、ベッドも、有料駐車場の看板も、わたし自身さ
えも。
世界がジェットコースターに轢かれてゆく。わたしじゃない、とあなたは言った。どんなにたくさん隙間があっても、あなたが隙間になれるわけじゃない。い
つのまにかわたしは液晶を眺めている。文字がまたたいて、すべっていく。画面はいつもつるつるで、文字に触ることはできない。規則正しく並んで、ひとつ
の文字にしか見えないが、本当はそこにおびただしい文字が潜んでいる。何だっていいのだ。はみ出すことだけが許されない。なななななな正確であればある
ほど必ず「な」が出てくることに怒りを禁じ得ない。文なんて書きたくない。ななななななな意味があるものもないものもみんな欺瞞だと思いますななななな
ななないくつあったって、それは「な」にすぎない。蛇のように卵から生まれたりはしないのだ。
となりにねそべっているこのなまなましい生きものが、わたしのなかで喋りはじめる。窓から繰り返し繰り返し、ジェットコースターの細いレールを、人々を
乗せた車がゆっくりとのぼっていくのが見える。ごおーっと落ちる。
向こう側に広がっている。世界がジェットコースターに轢かれてゆく。色とりどりのモザイクになって、世界は忘れてゆく。追い越せないまま送られる。あれ
もそれもこれも。わたしたちに世界をください。糸のように揺れる身体が、いくつも時間のように点滅する。
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